人の「心のパターン」が予言をつくる

いまから50年くらい前の古いヒット曲に「自動車ショー歌」という歌があります。当時の色んなクルマの名前を無理やり歌詞にした面白い歌と言うことでヒットしました。

(古いもの好きの私は個人的にも好きな歌だったりします)

 

で、この自動車ショー歌が今回のコロナ渦でちょっとした話題になりました。歌詞に「ここらでやめてもいいコロナ」という一節があったからです。

もちろんここでのコロナはクルマの名前でウイルスとは関係ありません。

だから偶然の一致ということでみんな面白おかしく楽しんでいる様子だったのですが、これが小説や映画になると、とたんに変わります。

「これは、予言していたのだ」

と、いう風に。

 

 

けれどこれも、冷静に考えてみれば自動車ショー歌と同じことなんですね。偶然重なった。一致した。

けれど、小説や映画など凝ったプロットのものだと「予言だ!」と思ってしまいがちです。

(有名なところだと、ある小説がタイタニック号の沈没を予言していたと言われていますが事実ではありません)

これは結局のところ、人の考えることや、これまでの時間軸の中で起こってきたハプニングに対して何をしてきたかなど、人間の世界で起こってくる思考・行動のパターンは、時代が移り変わってもそんなに変わっていないのだ、ということを示しています。

人の「心のパターン」が、結果として「予言」をどんどん生み出しているような状態をつくっているとも、言えますね。

ここで大切なのは、予言や陰謀論に振り回されるのでなく、人の思考パターンや行動パターンには、ある程度変わらないもの、不変のものがあるということを頭に置きつつ・・・

いまはまだ見えない未来のことを、恐れ過ぎずに、煽り報道にとらわれず、自分の次の一歩をどう選ぶか、ということですね。

参考記事:

 

これもパターンの一種ですが、世の中には「大騒ぎが好き」な人もいます。

その一方で・・・あなた自身は「どうしたい」ですか?

それがクリアになれば、予言なんて何も怖くないのです。

 

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