なんとなくでも、思っておこう。

茨城県の田舎道を、1台のタクシーが走っていました。運転手さんと、後部座席にはスーツ姿の少し太った若いサラリーマンが。お互いに関西弁で会話をしていました。客の若いサラリーマンが関西出身、そして偶然にも運転手さんも半年前に関西から移り住んできたばかりということで会話が弾んでいました。

「アンタは、もうずっとこっち(東京)におるつもりなんか?」
「そうですねぇ、しばらくはいてもいいですけど、将来結婚して、40歳を過ぎたくらいになったら地元の関西に戻って暮らしたいですね。」

「まあそない言うたかて、会社の都合もあるから思い通りになるとは限らんもんなあ。」
「確かにそうですねぇ(苦笑い)」

勤務先の会社の研究所にタクシーが到着。この日は、東京の本社ではなくこちらでの仕事があったのでプチ出張だったのです。運転手さんは、同じ関西人ということで運賃を少し負けてくれました・・・

実はこれは、17~8年前くらいの、私(西沢)のお話です。大学は地元の関西で卒業したのですが、その後、東京の会社にサラリーマンとして就職していました。東京での毎日も刺激的で楽しかったのですが、先々いつか年を食ったら地元に戻って暮らしたいというのは本音としてそのころから思っていました。

けれど、普通に考えて、さっきの運転手さんの言うとおり、勤務先の会社が自分の住みたい場所にわざわざ住まわしてくれるなんてことはありえません。だからやっぱり無理かもしれないな・・・とは思いつつも、心のどこかで「いずれ地元でゆったり暮らしたい」という気持ちは持ち続けていました。そして気づけば今、こうして地元の関西で家庭を持って暮らしています。

別に、よくある成功哲学のように「強く願いを持ち続けよう」「念じれば、願いはかなう」というような大げさなことを言うつもりはありません。ただ、なんとなくずっと心の端で思い続けていたことが、時間がたって不思議とその通りになっていたというお話にすぎません。けれど、いまこうなっていることと、あの頃からぼんやりとずっと思い続けていたということが無関係だとも、どうしても思えないのです。

無理に強く叫んだり、アファメーションみたいにしなくてもいいので、将来こうなっていたらいいなあとか、先々の人生でこういう風になっていたいというのを、ぼんやりと、大げさでなく静かに気持ちの端っこに置いておく。そうすると、長い時間がたってから何かが起こる。そんなことが、ひょっとしたらあるのかもしれません。

タクシーの話を、今朝ふと偶然思い出したので、今日はこんなお話になりました。せっかくなので、今のこの時点から、少し先にこうなっていたいということを、また新たに気持ちの端に静かに置いておこうと思います。

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