天職はパッケージではない。

いつ頃からだったか忘れましたが、仕事中心の毎日になっているような気がして、「自分に合った趣味」というのを探そうとしてもがいていらことがあります。しかし結局、「これが自分に合うものだ」というような明確なものが見つかることはありませんでした。

その後何となく興味がある程度の感じでやりはじめて今に至る趣味が2つありますが、いま振り返ってみて「自分に合った趣味」というものを見つけることは本来無理なんだなと言うことに気づきました。

「料理」とか「ボルダリング」とか、趣味として色んな形が考えられますが、そういう風に1つのまとまったパッケージになっているものを「自分に合っているかどうか」考えても答えは出てきません。パッケージと言うのは色んな要素がまとまった後で包まれているもので、封を開けずに味見することが不可能なように、自分に合う趣味や職業と言うものは、まとまったパッケージの姿でどこかに存在するわけではないのです。

では、どうやって考えるのか?

パッケージではなく、もっと細かく細分化して見てみるということになるでしょう。たとえば、この楽器の、弦をならしている時の音が好きだ、とか、このスポーツでパワーを込めるこの瞬間がいい、というように、個別の要素について何かひかれるものがあるかどうかを観察するのです。

これは趣味や仕事だけでなく、人間関係でも同じことが言えるでしょう。「あなたにピッタリなパートナー」「友達」もパッケージの形で捉えようとすると迷走します。そうではなく、この人のこういうところがいい、というように個々の部分を見ることで減点法的な人間関係からも解放されて、より良い関係が築きやすくなります。

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