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優秀な英語の教え手とは?

以前に、英語に私が最初に関心を持ったのは小さい頃の絵本だったというお話をしましたが、もちろんそれ以降の人生でも節目というか、続けて関心を持ち続ける機会となる出来事は他にもありました。

高校1年の頃の話です。他の場所でも話したことがありますが私は中学をビリから4番目で卒業したもので(笑)なんとかお情けで高校に入れてもらいました。当然高校では新しい先生と会うわけですが、このときに、私のクラスの英語の担当になったのがK先生という若手の先生でした。若手といっても別段熱血青春教師というわけでもなく、学校で教えているのはあくまで自分の職業であると割り切っているような感じの、あっさりした雰囲気の先生でした。ただ、この先生がやった「あること」が私の英語への関心を深くつなぎ止めてくれたのです。

4月のいちばん初め、1回目の授業のときのこと、K先生はデカいラジカセを持って入ってきました。何やろ、リスニングでもやるんかな、と思って見ていたら、話し始めました。僕が君らくらいのころに、ラジオを聴いていたら1つの曲が流れてきた。それがとても美しいメロディの英語の歌で、自分が英語に興味を持つきっかけの1つになった。その歌を、今日、君らにも聴いてもらいたい。そう言って、歌詞を書いたプリントを配り始めました。

そこにかかれていたのは「Yesterday Once More」、そう、カーペンターズのあの名曲「イエスタデイワンスモア」でした。歌詞のプリントを配り終えると先生は簡単に詞の意味を説明し、そしてラジカセのボタンを押しました。

確かに、キレイなメロディやな・・・私がリアルタイムで高校生だった時代には無いような、ゆったりとした、古き良き優しさを感じさせるメロディ。ゆっくりとした歌い方で、意味が分からなくとも英語が綺麗に耳に入ってくる気がしました。かけ終わった後で、先生がみんなに尋ねました。「どうやった?」高校1年生の男子というのは素直に感情を出さない年頃です(私がいたのは男子校でした)。なので、誰も何も言わず、教室はシーンとしたまんまでした。でもおそらく、私を含む何人かは「いい歌やなぁ」と思っていたに違いありません。しかし表向きはシーンとした様子のクラスを前に、K先生は苦笑して「残念やな」と言い、そのまま普通に授業が始まりました。そしてその後に、授業でカーペンターズの歌の話が出てくることはありませんでした。

もともと古めかしい音楽が好きな私は、このカーペンターズをきっかけに古いゆったりした洋楽をいろいろと聞き始め、英語の歌詞をうまく歌えるようマネをし始めました。英語の成績もガンガンあがっていきました。大学に入り、実用英語の勉強を本格的に始めたときにも古い洋楽を取り入れて歌詞を覚えていきました。また、いまの自分の教材でも、洋楽を歌うことを内容として組み込んでいたりします。

そんな事実をいまこうして振り返ってみると、やはりK先生に感謝しなければと思わされます。そしてK先生が決して熱血教師でなかったことを考えると、本当によい先生というのは、教え方が熱心とか教えるのが上手いとかいうものではないのかも、と考えていたりしました。人に何かを教える技術そのものに大きく差を付けることは難しいもの。教える技術ではなく、「相手にきっかけを与える」ことができる教え手が、優れた教え手なのかもしれません。自分自身も、このことを踏まえて情報を発信していきたいと思います。

西沢知樹

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正しく疑える姿勢とは。

先日、私が70年代くらいのフォークソング好きで、ウクレレ発表会の打ち上げでその話題で先輩方と盛り上がったという話を書きましたが、その後勢いがついて帰宅後にいくつか当時の有名曲をあらためて聴いてみました。時代背景を考えると、当時の反戦、反政府的なメッセージのものが多く政治思想的には今の私自身のものと異なりますが、しかしながらとてつもないエネルギーがあることにあらためて気づかされます。

ある日聖なる聖職者 信者の前でお説教

この世でがまんをしていれば きっと天国行けまっせ

ウソこくなこの野郎

こきやがったなこの野郎

見てきたようなウソをこくなよ 聖なる神の使者

(「くそくらえ節」 岡林信康)

言葉づかいは若干行き過ぎかもしれませんが、今の時代、逆にこういうエゲつないくらいに(笑)批判的、攻撃的な歌詞から学ぶことは意外と多いと思います。というのも、今は当時と逆に「素直すぎる」人が多すぎると感じるからです。たとえば納豆を食べたらやせる、というデマでスーパーから納豆が消え失せたのが10年ほど前だったかと思いますが、科学的と言えない疑似科学や、医学的な根拠のない民間療法的な代替医療などを、自分の頭で考えて検証しないでそのまんまいとも簡単に鵜呑みにする人が増えているように思うからです。

「どこそこを揉んだら病気にならない」
「なになにを食べれば不妊は簡単に治る」
「あそこのパワースポットはうんぬん・・・」

もちろん、信じることで元気が出たり、やる気が出たりするなら個人の自由なのでしょうし、生活の端っこで役立てるくらいなら構わないかもしれません。けれど、そこに至るまでに、自分の知性による検証が全く入っていないとすれば、それは一人の人間として自分に対する責任を放棄しているような、非常に危険な印象を受けます。

私自身、代替医療やスピリチュアル的なものを全否定しているわけでなく、部分的に自分の毎日に取り入れているものもありますし、そういったジャンルの活動をしている友人もいます。しかし、どのようなものであっても「本当にそうだろうか」と1度は疑って考えてみる姿勢は常に持ち続けているつもりです。

いわばこれは、健全に疑う姿勢、とでも言えるかもしれません。何かに対して、1度は科学や論理、常識的な知識を当てはめてちゃんと考えてみるということです。その上で初めて、直感等が役立つのだと思います。

情報を、健全に疑う姿勢を持ちましょう。そして、常識的な思考や一般的な知識をすぐに全否定してしまうことのないよう、慎重に疑える自分を忘れないでいたいものです。

西沢知樹

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