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滝に打たれてもムダな人。

最近は特別なお願いの場合にのみ限定していますが、インターネット集客の代行と個人コンサルというのを以前はいくつか抱えていました。主に少しスピリチュアルなエリアに関心があるとかそういう方面のセミナーなどをやっている人が多く、受け持った大半のケースは成功事例になったのですが、中にはあまり芳しい成果が出ない人というのも、当然いました。その中の1人で、いろいろと考えさせられた人がいました。仮に名前をYさんとしましょう。

Yさんは、身体を良くするための特別な民間の施術を学んでいて、そのサロンをビジネスとして軌道に乗せたいと依頼してこられました。必要な事項をヒアリングして計画を立て、ウェブサイトの基礎を3ヶ月ほどかけて作り上げ、同時に実行すべきタスクを複数お渡ししました。

ところが、です。ご本人が実行すべきアクションが、何も進まない。そして進まない間に何をしていたかというと、夜行バスに乗って東京までいってフェイスブックのセミナーを受けたりしていたのです。それまでにも聞いてみると異常とも言える数のセミナーや自己啓発関連の行事にYさんは参加していたようでした。インドの瞑想の一種を受けたり、滝に打たれる滝行に参加したり、ダライラマ関係の講演に行ったり・・・そのくせ、実際の自分のビジネスはさっぱり進まず、私に依頼するまでにもお客さんが合計で3人も来たことがないくらいだったのです。

辛抱強く、タスク=アクションプランを説明して、用意してもらうもの、考えてもらうことについて何度も話しました。しかし、一向に進まずまた2ヶ月近くがすぎました。その間にYさんがやったことは、私が作成したウェブサイトに載せていた、私の選んだイメージ写真を「削除する」ことだけでした。

どうもこういう感じの、正直かみ合わないと言うかコミュニケーションがちゃんととれなさそうな人とはやっていけないから、降りるしかないかな・・・と思っていた矢先のことです。Yさんから突然電話がかかってきました。

用件は、私の昔のブログに、お客様の事例として載せていたYさんの写真を消せというのです。ちなみに、プライバシーのこともありますので、ご本人の顔にはモザイクをかけてありましたし、事例掲載の許可ももらっていました。ですので突然の要求に驚いたというほかはありません。モザイクをかけているからいいのでは?と言うと「写真を載せられるのもイヤだが、顔を消されるのもイヤだ」

このあたりどちらの言い分が正しいかは微妙だと思いますが、仕事について何もしないくせに、こういうところだけしつこい要求をしてくるYさんの姿勢に正直不快感を感じていました。なので即答で取り下げ、という風にはしたくなかったのですが、すると、Yさんは吐き捨てるようにこう言ったのです。

「私は、お金を払っているんですからね!」

・・・ああ、そうか。

この言葉ですべてが腑に落ちた気がしました。お金を払っているのだから、私の言うとおりにしろ。そういう見事なまでの姿勢がこの言葉の根底には見えます。同時に、なぜコンサルのアクションを全く実行しないのか、集客ができないのかについても、はっきりわかりました。Yさんは、すべて「お金を払っておけばどうにかなるだろう」と思っていたのです。

お金を払って、セミナーに行く。
お金を払って、コンサルを頼む。
お金を払って、滝に打たれる。
お金を払って、瞑想をする。

そうやって、「お金を払い」さえすれば結果がでるだろう。お金を払っているのだから周りがどうにかしてくれるべきだ。そうして、お金を払うことだけを続け、肝心の自分の中身を省みるとか、目的を考えて行動するとかいわば自分自身が心身で汗をかくことは徹底的に拒否していたのです。「金を払えばいいんだろう」という根本に潜む、ある種ものすごい傲慢な思想によって。

当然、私はこの案件から手を引きました。そしてYさんがその後集客が出来るようになったという話もまったく聞きません(セミナーに行っているというウワサは聞きましたが)正直いま思い出しても良い気分がしない体験ですが、しかし1つとても重要な教訓をこの話は教えてくれている気がします。滝に打たれたり、セミナーに行ったり、自分の「外側」で何かしても最終的に変化をもたらすのは、自分の中のもの。自分の中の、舵取りとなる中心的なビリーフ(信念、思考)のようなものが変わらない限り、滝に打たれてもムダなのです。

もしあなたが、頑張っているのに成果が出ないことがあるとしたら、このお話を参考にしてみてください。もちろんここまで極端なことはないと思いますが、自分の内側に眠る何かの角度を、少し変えるだけで、見違えるように良くなるということを、この話は意味してもいるのだと思います。

西沢知樹

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チーズやん!(怒)

結婚してからまだ間もないころの話ですが、ヨメさんがスナック菓子の「カール」が食べたいとよくつぶやいていました。最初は聞き流していたのですが(あんまり身体にもよくないですし)、何日かつぶやきが続いたので、これはよっぽどなんだな、じゃあミニ嫁さん孝行でもするか(大げさ)と、ある日の帰り道に、最寄のスーパーでカールを買って帰りました。

「ただいま。カール買ってきたで」

「えーっ!?ほんまぁ?(^^」

嬉しそうなヨメの響き。カール1つくらいでこんなに喜んでもらえるとは実にありがたいことだ、と気持ちの上で若干ほくそ笑んでいたところ、スーパーの袋の中をのぞきこんだヨメの声のトーンが急に変わりました。

「・・・チーズやん!(怒)」

そう。私にとってカールというのはオリジナルのチーズ味が常識。ビールにも良く合うし、カールといえばあの若干チーズくさいチーズ味こそがまさにそれと考えていたので、迷うことなくチーズ味を買って帰りました。ところが、味覚が純関西育ちのヨメは、カールといえば「うすあじ」の方でなければ受けつけなかったのです。普段であれば、まあまあと笑って済ますお話なのでしょうが、こちらとしても折角買って帰ったものをいきなり拒絶された感があり、少し意地になってしまいました。

「なにを言ってんねん、カールと言えば、チーズやろが!!」

ケンカとまではいきませんでしたが、どちらの信仰が「正しい」か、あれこれと言い合いをしていました。その後調子に乗ってフェイスブックにこのネタを投稿したところ、「カールはカレー味に決まってるじゃないですか、あなたがたは何を言ってるんですか?」という第三極まで出現し(笑)、楽しくも熱い激論が繰り広げられました。

思えば、こういうことは私たちの周りにもたくさんあるような気がします。「〇〇というのは、こういうものだ」という定義づけが、実は客観的な尺度ではない、というようなケースです。抽象的に言えば「商売とはこういうものだ」「仕事とはこういうものだ」というような定義づけでも同じことがあるでしょうし、「英語の勉強とはこういうものだ」というのも過去の個人的な経験からの、単なる思いこみに過ぎないケースが多々あるのです。

「~は、こういうもの」という自分の中にある思い込みも、ひょっとしたら自分だけのものだったり、決して絶対に正しいものではないことがあるかもしれません。何かが上手く行かないとき、思い込みそのものを見直す機会にしてみても、いいような気がします。

西沢知樹

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